死にたい彼女と殺さない死神


『死にたい彼女と殺さない死神』

~前編~ 死神

【6月23日 午後11時55分】

「ねえ、後5分だよ。もう少しで、あたしは『ぱらいそ』に行けるのね」
 愛恵(かなえ)は目を細めながら、穏やかな声でそう言った。窓枠にもたれながら夜空を眺めていた少女は、振り向きもせず何度目かの同じ質問をぶつけた。
「死ぬことが、そんなに嬉しいの?」
「ええ、とっても嬉しい。初めて出会った時も言ったじゃない。こんなゴミみたいな人生と、一秒でも早くさよならしたかったの」
 屈託のない笑顔で愛恵は答えた。彼女は自分の死を誰よりも切望していた。
 やや呆れた様子で少女――黒装束を纏った死神は、愛恵の前に立つ。呪文のようなものを唱えて、そっと彼女の額に手を翳した。
「気休めだけど、恐怖心を取り除いてあげる。思い残すことはない?」
「何もないよ。さあ、ひと思いに殺して。そして……あたしを連れて行って」
 数分後に16歳の誕生日を迎える彼女は、ゆっくりと瞳を閉じて、その瞬間(とき)を待った。
 
【6月10日 午前0時32分】
 
 愛恵は病棟の個室部屋で本を読んでいた。消灯時間はとうに過ぎているので、枕元に置いたスタンドライトの照明だけが頼りだ。
 本の背表紙には『死後の世界について~ぱらいそ~』というタイトルが書かれている。愛恵はこの本がとても大好きだった。
「あたしの誕生日まで二週間。ああ、早く死にたいな」
 何故そこまで彼女は死にたがっているのか? 愛恵は現代医学では治らない難病に罹っていた。幼い時から入退院を繰り返して、ここ一年はずっと長い入院生活を送っていた。
 富裕層の出自ということもあり、最新の医療設備が整った病院で、最先端の投薬と治療を続けている。延命であればこの先も充分可能で、非罹患者と変わらない平均寿命まで生きられるだろうと主治医に言われていた。
 だが、それは彼女には非常につまらなく、不愉快な事実でもあった。
「こんな閉鎖空間で人生を費やすのって、ほんっと莫迦みたい。モルモットだわ」
 ベッドに寝転がって、天井に手を伸ばす。彼女の孤立した世界はこの白い病室、僅か24平米しか存在しない。譬えるなら大型水槽の中に居る、一匹の熱帯魚のようだ。

 愛恵は起き上がると窓を全開にした。少し生温い、梅雨独特の空気が室内に入ってくる。
「あーあ、ここから飛び降りたら一瞬で死ねるけど。そんなのって美しくない」
 地上五階から眺める下界は、真っ暗で何も見えなかった。地の底から、巨大な闇がおいでおいでと手招きをしているような錯覚をする。
「べーっだ、死ぬのは今じゃないもん。この世界に絶望して、産まれた時と同じ日に死なないとぱらいそには行けないって、本にそう書いてたもん」
 ぱらいそ――愛恵の読んでいた本に出てくる、楽園のことだ。そこは美しい花が咲き乱れ、沢山のご馳走と穏やかな動物達に囲まれて、永遠に多幸感の中で暮らせるという。
「あたしは24日に無事ジサツを遂げて、約束の楽園に行くんだから。ああ、早く会いたいわ。天使様」
 高揚した愛恵は窓から身を乗り出して、闇の中に両手を広げる。慣れない姿勢にバランスを崩して、頭から地面へと垂直に落ちる――。

「あっ……」

 後悔が言葉に出た。このまま地面とキスをしたら、ぱらいそに行けない。無に帰すだけだ。激突して醜く潰れるのは嫌だな、と他人事のように考えていた。
 数秒後にやってくるであろう衝撃と意識の乖離に備えて、目をギュッと閉じた。
 ――ところが、いつまで経っても衝撃はやってこない。苦痛もなければ意識も残っている。おそるおそる目を開けると、眼前に黒装束を着た少女が浮かんでいる。
 少女の裾から赤い糸が伸びて、愛恵の足首を雁字搦めにして落下を防いでいた。
「勝手に飛び降りて死なれるのは、私が困るんだけど」
「……もしかして、天使様?」

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「天使? 私は死神。二週間後に貴女の魂を運ぶためやって来たのよ。よろしく」
 それが愛恵とアンジュの、運命の邂逅だった。

【6月10日 午前1時07分】

「ねえねえ、天使様。ぱらいそから、あたしのこと迎えにきてくれたのでしょう?」
「だから私は天使じゃない。黄泉の国から派遣された、ただの死神よ」
「嘘よ、間違いなく天使様よ。とっても嬉しい。ずっと会いたかったの」
 死神だと名乗った少女は困惑していた。死神歴666年、これまで数多の人間の魂を運んだが、こんな食い込み気味に絡んでくる人間は初めてのことだった。
「それで、天使様? あたしは誕生日にどうやって死ねばいいの?」
「まだそれは言えない。死の直前まで教えてはいけない規則(ルール)があるの」
「うんうん。サプライズってやつかな? 楽しみだなぁ。大勢の人をアッと驚かせて死にたいんだけど、出来そうかな」
「私が早々に派遣された理由があるんだけど。重要な話だから、黙って聞いてもらえる?」
「はぁい! 天使様に忌み嫌われたくないもの。言うこと聞きまーす」
「……訂正も面倒だから、もう天使でいいわ。さっき説明をした通り、私は黄泉から派遣されてやってきた死神で、貴女の担当になるの。そこまでは大丈夫?」
「大丈夫だよ。それで、それでっ?」
「死神と言えど、私も神のひとり。無闇矢鱈に魂を奪うだけじゃないってこと。そこで、死ぬ前の人間に3つだけ願いを叶えることが許されているわ」
 それを聞いた愛恵の目が、少女漫画のヒロインのよろしく、爛々と輝きだした。
「3つの願い……すごぉい。それ本当にいいの? ドッキリじゃない?」
「本当よ。その代わり、二週間後に貴女の魂は私が連れて行く。難しいことじゃないでしょう。理解してもらえたかしら?」
「うん、理解したよ。願いを叶えてもらった上に、ぱらいそにも連れて行ってくれるなんて夢のような話よ。あたしって幸せね」
 愛恵の喜び方は、尋常ではなかった。死神は、感じたままの違和感を言葉に発した。
「貴女、ちょっと変ね。死ぬのに嬉しいわけ?」
「ちっとも変じゃないわ。寧ろ、あたしだけが正常よ。狂っているのはこの世界、自由のないゴミみたいな人生に、酷く嫌気が差していた」
「そう……ところで貴女、名前はなんて言うの?」
「あたしの名前? 愛に恵みと書いて、かなえ。自分の名前なんて嫌い」
「人の子にしてはいい名前だと思うけど」
「だって、パパとママに愛されていないし、恵まれてもいない。でも、級友は私のことお嬢様のお金持ちで羨ましいって。お前らに何が分かるのって言いたい」
「随分と自己本位な考えの持ち主ね」
「別にミーイズムで良くない? ねえ、そんなことより、天使様の名前も教えてよ」
 愛恵は珍しい宝石でも見るかのように、瞳を潤わせて言い寄った。彼女は人誑しの一面を持っていた。だが、死神にそれは通用しない。
「私に名前なんてないわ。必要ないから」
「それじゃ可哀想よ。二週間も一緒に居るんだから、あたしが名付けてあげる。ええとね……アンジュってどう?」
「……ふむ、意外に悪くない。その名前は、どこから出てきたの」
「アンジュは、フランス語で『天使』って意味。エンジェルだと捻りがないじゃない」
「単純ね。そんな馴れ合うつもりはないけど、好きに呼んでいいわ」
「もしかして、照れてる? つまり賛成ってことね。これから、死ぬまでよろしくね? アンジュちゃん!」

【6月12日 午前9時18分】

「愛恵。そろそろ、ひとつくらい願いを決めてもらっていいかしら」
「えーっ? そんなすぐに決めなくてもいいでしょ? まだ時間はたっぷりあるのに」
 不服そうな声で愛恵は返事をした。あれから二日経つのに、彼女は一切願いを言おうとしなかった。
 親友や或いは恋人のように、思いつきで他愛もない話をするだけで、時は過ぎていった。
 これにはアンジュも痺れを切らして、少々強引に問い詰める。死神としてのプライドは強いようだ。
「愛恵は無欲なのか、貪欲なのか、よく分からない。十二日後に、必ず魂が連れて行かれるのよ。自覚はあるのかしら」
「だって、今の時間がとっても楽しいから」
「貴女、やっぱり変わり者よ。こんな人間とは初めて関わる。正直厄介だわ」
 自然と溜息が漏れた。それを聞いて、愛恵は観念したかのように話し始める。
「あたしね……人が大嫌いなの。他人を愛せないし、自分のことも愛せない。あたし以外の世界中の人間全てが滅べばいいって、心の中ではそう願っている」
「……話を続けて」
「うん。でも、そんな大それたことは出来ないから。まずは小さな復讐を果たしたい。あたしが登校していた中学校の担任。そいつを……ひと思いに殺してほしいな」
 愛恵は身振りを加えながら辿々しく話を始めた。如何なる願いであっても叶えるのが死神の役目だ。アンジュは頷いた。
 願いは人それぞれ。死神は我欲の強い願いを叶えれば、それ相応の評価をされるシステムになっている。アンジュは特級クラスの資質を持つエリートであった。
「要するに、自分が通っていた学校の教師が気に入らないってことね。どうして殺したいのか理由を答えて。無粋ではあるけど、これも規則だから」
「いいよ。あたしは少し前まで調子の良い日だけ学校に通っていたの。そのうざったい担任ね、すっごくやらしい目でいつも見てきた。スキンシップも多くて、隙を見てカッターで頸動脈を切ってやろうと何度も思った」
「人間の女からすると嫌でしょうね。でも、たったそれだけで?」
「あたしがとても不快だった。それだけで荊の鞭打ち百回の刑と等しいわ。殺されるには充分な理由でしょ?」
「…………」
「アンジュちゃんなら簡単でしょ? ねえ、あたしの天使様。願いを叶えて?」
 唇に手を当てて、アンジュは長考しているようだった。愛恵の願いを叶えたとして、その願いが黄泉の国でどう評価されるのか、値踏みをしているのかもしれない。
 愛恵は瞬きもせずアンジュの顔を見つめている。一呼吸置いて、少女の口が開いた。
「分かったわ。愛恵の切なる願い、叶えてあげましょう」
 それだけ言い残すと、アンジュは姿を晦ました。それと同時に、ドアをノックして看護士が部屋に入ってくる。
「あら? てっきり朝からお母様が面会に来ていたのかと思ったけど。愛恵ちゃん、今誰かと話していなかった?」
「ごめんなさい、うるさかった? あたしの独り言でした。好きなアニメの掲示板が荒れていたから、ムカついて声が出ちゃった」
「掲示板? こちらこそごめんなさいね。では、今日も採血と心電図から始めますよ」
「はーい、好きなだけ採血しちゃって」

【6月13日 午前8時06分】

 明け方、目が覚めるとアンジュは部屋に戻っていた。顔色から疲労が窺える。
「アンジュちゃん。昨夜は留守にしていたみたいだけど、あたしの願いはどうなった?」
「嫌いな教師を殺してくれって話でしょう。愛恵の願いは、別の形で叶うわ」
「……あたしに嘘は吐かないでね」
 愛恵は目を合わせずに言った。アンジュが本当に自分の願いを聞いてくれるのか、まだ半信半疑な部分もあるのだろう。
「そろそろかしら、朝の報道番組を見てみなさい」
「朝の報道って、ニュースのこと?」
 殆ど触ることのないリモコンを手に取って、テレビのチャンネルを数回押した。
 愛恵はワクワクとしていた。この気持ちの昂ぶりは、小学校低学年の頃に二階の自室から抜け出して、夜の公園をクレヨンで落書きだらけにした時より大きく感じていた。
 朝のニュースワイドが『速報です』と一言告げると、愛恵にとって見覚えのある中学の校舎が映像で流れた。

(――今朝未明、××××中学校の教師××××(32)さんが、宿直室で倒れているのが見つかりました。警察によりますと、事件や事故の可能性は低く、急性心不全による突然死の可能性が高いようです)

「アンジュちゃん、ナイスよ。とても凄いわ。それに病死だなんて完璧よ」
「……私は何もしていないわ」
「また謙遜しちゃって。少し疑ったりしてごめんね? アンジュちゃんは、やっぱりあたしだけの天使様よ。いいえ、もしかして神様かしら」
「愛恵にとっては天使も、神も、同系列なのね。否定するのも疲れたわ……」
 昨日より深い溜息を吐いて、やれやれといった表情をしていた。愛恵はそんなアンジュの様子を気にも留めない。彼女はどこまでもマイペースで、残酷な笑みを浮かべる。
「ねーえ、アンジュちゃん。願いは死ぬまでに3つ叶えてくれるって約束だったよね」
「そういう規則よ。次の願いは、もう決まっているのかしら」
「うふふっ。決まっているんだけど、まだ内緒ねっ」
「待たされるのは構わないけど、自分の残された時間のことを把握しておいてね」
「分かっているよ。えへへ、頼りにしているからね。アンジュちゃん」
「……そう。私の評価にも繋がるからしっかりね」
 アンジュはそれ以上何も言わず、ただ黙って窓の外の景観を眺めていた。

【6月16日 午後3時45分】

「ねえ、アンジュちゃん。今、近くに居る?」
 愛恵は誰も居ない方向に話しかけるが、返事はなかった。
「おかしいな……最近たまに居ないみたいだけど、どこに行っているのかな」
「ずっとここに居るわよ。どうしたの?」
 何もない空間にノイズが生じて、その中からアンジュが姿を現す。
「なぁんだ、居るなら返事くらいしてよ。意地悪さんね」
「以前も伝えたけど、私は馴れ合いをするために居るわけじゃないわ」
「それは冷たいなぁ。もうすぐあたしは死んじゃうんだよ、天使様に殺されるから」
 皮肉のつもりか、愛恵の言葉にはいちいち棘があった。純粋が齎(もたら)す棘には、即効性の毒が塗られている。
「語弊があるわね。殺すのは私の役目じゃない。私は、自死する者の魂を黄泉の国へと運ぶだけだから」
「でも、この前は心不全に見せかけてセクハラ担任を殺してくれたよね」
「その説明もしたわよ。特に用事がなければ、つまらないことで話しかけないで」
 アンジュが再びノイズに紛れて消えようとしたところを、愛恵は腕を掴んで静止した。
「待って。大事な用があるよ。次の願いを聞いて」
「それならそうと、早く言ってちょうだい」
 捕まれた腕を振り解くと、アンジュは窓際に腰かけて愛恵の方を向いた。
「まず、叶えてもらう前に相談をしたかったの」
「それは願いをどれにするか、決め兼ねているってこと?」
「ひとつに絞っているよ。でも、この願いは天使様の立場からすると、摂理に反するかもしれないと思って」
 いつもはっきりと物言いする愛恵にしては珍しく、今回は言い淀んでいた。話が前に進まないのでアンジュから訊ねてみる。

「回りくどいわ。摂理に反するかどうかは、私が考えること。愛恵の考える範疇じゃないわ」
「そうだよね、ごめんね。えっと、あの右端の棚に置いてあるゲージを見て」
「見たところ普通のバードゲージね。それが関係あるのかしら」
「あの鳥籠の中には、十年前から飼っていたカナリアが居たの。この前、寿命で亡くなっちゃったんだけど……お願い、シェリーを生き返らせてほしいな」
「一度失われた生命を呼び戻せと、それを死神の私に乞うの?」
「あたしにとっては、絵本の中の天使様そのものだから。命を奪うことが出来るなら、命を与えることだって、きっと出来るよね?」
 愛恵の勘は当たっていた。黄泉の国から派遣をされた死神達には、生命を奪うことも、与えることも、個々に裁量を委ねている。魂を呼び戻して生き返らせることも可能だった。
「愛恵の言う通り、私にはそれも可能だわ」
「うん、お願い。あたしにとって、唯一心の許せる友達だったの。また会いたい」
「叶えることは容易いけど。でもひとつ、私の質問に答えてもらうわ」
「また質問~? 規則って面倒ね。別にいいけど、お説教でなければね」
 アンジュは愛恵の隣に座った。紫煙を燻らせて真剣な表情で話し始めた。
「抽象的な回答で構わないわ。愛恵にとって『命』とは何? 前回は奪えと頼んで、今回は生き返らせてと乞う。気紛れで命を弄んでいるの?」
「病室の中でタバコはダメだよ、アンジュちゃん」
「これは人間界でいうところのタバコではない、質問に答えて」
「命、いのち……ね。あたしには、使い道に困るものかな。弄んでないし、不真面目に見えるかも知れないけど、いつだって真剣だよ」
 少し悩んだ様子で愛恵は返事をした。そこに、いつものにこやかな笑顔はなかった。
「命って、一方的に授けられるじゃない。自分で選べないんだよ。パパとママの愛欲と肉欲で産まれたのが蛻(もぬけ)のあたし」
「…………」
 相槌もせず、否定もせず、アンジュは黙って愛恵の独白に耳を傾けた。
「訳も分からずこの世界に産み落とされて、強い期待を受けて、エゴの繭に包まれた今のあたしって本物の『あたし』なのかな? あたしの概念ってどこにあるの?」
 アンジュは何も答えなかった。ただ、愛恵の思考を少しだけ理解したようだ。
「もういいわ。愛恵の言いたいことは大体分かった。貴女の大切な友達とやらを、生き返らせてあげる」
「ありがとうアンジュちゃん! 泣くほど嬉しいわ。また、シェリーに逢える……」
「わ、分かったから一旦落ち着いて。気安く抱きついてこないで」
 歓喜のあまり、愛恵はアンジュの両手を掴むとブンブンと振り回した。彼女にとって、心を許した唯一のパートナーが生き返るというのだ。歓喜するのは当然だ。
「早速だけど、今から愛恵のカナリアを生き返らせるわ。少しだけ目を閉じてもらえる?」
「閉じないとダメ?」
「私の機嫌を損ねないうちに閉じてね」
「はいはーい、分かりました」
 返事をするとすぐに愛恵は目を瞑った。そして、両方の手をアンジュに差し出す。
 次第に彼女は自分の手の中に体温と重量を感じるようになった。温もりを通じて、懐かしさがじわじわと込み上げてくる。
「まだ、目は閉じたままよ。開けたら魔法が終わるから」
「うん……分かった。早く目を開けたいな」
 暫くして、一羽分の小鳥がすっぽりと収まっていることが感覚で分かった。ピュロロロと透き通った美しい鳴き声が部屋に響く。
「成功したわ。もう開けていいわよ。この鳥で、間違っていないわよね」
「あっている……あっているよ! シェリーだわ。見間違えるわけがない」
 手の中に居たのは亡くなったカナリアイエローのシェリーだった。愛恵は頬擦りをしながら涙を浮かべている。
「ああ、ああ、シェリー……とっても嬉しい。戻ってきてくれてありがとう……アンジュちゃん、叶えてくれてありがとう」
「……いいえ、私は規則に従っただけ。そのカナリア、愛恵が死んだ後はどうするの? 両親に託す遺書でも遺しておく?」
「どうするって、勿論一緒に死ぬわ」
「それはどういうこと?」
「これで一緒に死ねるね、シェリー。でも、外傷や薬物だと苦しむ筈だから、ガス中毒が一番穏やかなのかな。アンジュちゃんは、殺す方法は何がいいと思う?」
「……自分で考えなさい」
 それだけ言い残すと、アンジュは姿を消した。愛恵はきょとんとしている。
「あれ……もしかして怒ったのかな? まあいいや。大好きだよ、シェリー」

~後編~ ぱらいそ
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