~前編~
地中の奥深くから、唄が聴こえる。
楽しそうな、哀しそうな、唄が聴こえる。
水槽の中の哀れな熱帯魚はー♪
淀んだ空気に毒されてー♪
あれよあれよという間に腐ってゆくー♪
腐乱した恋の行方は神のみぞ知るー♪
私は誰? 君は誰? 誰そ彼?
死なないで 死なないで 溺れるまでー♪
意味を持たないこの唄を歌うのが、実は少女の死体だと知る者はとても少ない。その正体は屍人〈グーラ〉だ。
彼女の名前は、ナタージャと言った。
普段ナタージャは墓石の下、地中深いところで体を折り畳めて眠っている。彼女が起きて活動するのは、深夜零時から明け方四時に掛けた僅かな時間だ。
彼女は幾つか点在する村の外れで、墓守りをしながらひとりと一匹で暮らしていた。
いつも傍に寄り添う黒妖犬〈ブラックドッグ〉のアインは唯一の友達で、有能な相棒〈バディ〉でもある。
ナタージャとアインは村人達から疎外されていた。所詮は生きた人間と、片や屍人と妖精。決して相容れない関係であった。
今宵もナタージャは、不可思議で奇々怪々な唄を歌う。
誰も近寄ろうとしない廃れた墓地で、スキップをしながら楽しそうに掃除をしていた。
わたしの右目はフラスコの底
沈んで 沈んで ピンクの液体にゆらゆららー♪
あなたの左目はまな板の上
刻んで 刻んで ザゥアークラウトに混ぜたー♪
それから何十年 何百年 朝と夜が繰り返すと
腐った液体が溢れ出た ピンクの液体が溢れ出た
さあ どうぞ みんなで召し上がれー♪
嘔吐は―― あっ
ナタージャは急に歌うのを止めた。彼女の視界の端で、もぞもぞと蠢く小さな影。子供の背丈くらいの影が、ランタンの灯かりに照らされて浮かび上がる。
「どうやらお客様のようだね。ナタージャ」
枯木の根元にある赤土を掘り返しながら、アインが喋った。
「そうだね。四年振りくらいかしら」
スコップを地面に突き刺して一息つきながら、ナタージャが答える。
「また適当なことを……ここに訪問者が来るのは八ヶ月振り」
「あはは、ごめんねアイン。最近、物忘れが酷くって。健忘症みたい」
ナタージャは照れ隠しで笑う。物忘れが激しいのは今に始まったことではない。それは、彼女の脳の一部が欠けているせいだろう。
頭蓋に幾つか穴が空いているため、機敏な動きをしてしまうと、どうしても脳漿が零れてしまう。
屍人は人工生命体〈ホムンクルス〉とは違い、肉体の再生こそしないが、身体の殆どを失っても朽ちることはない。彼女も例外ではなかった。
「どうする? ぼちぼち声を掛けてみる?」
「うーん……もうちょっとだけ。様子を観察しましょ」
「全くナタージャは。じゃあ、せめてもう少しだけ近付いて観察しよう」
ひとりと一匹はひそひそ声で相談をすると、身を屈めて足音を立てないよう静かに接近した。
「どうやら年端も行かない少年のようだね。だとすると、僕達のことを恐れず、ここまでやって来たことも頷ける」
「私とアインは村中の大人達に忌み嫌われているものね」
「まあ、それはしょうがないよ。生身の人間と僕達じゃあ、棲む世界が違う」
「そうなの? 棲む世界は一緒だと思っていたわ。そんなムツカシイこと、私は考えたことなかった」
あっけらかんとしながら、ナタージャは素直に感心していた。決して彼女は頭が悪いわけではない。物事をシンプルに考えて導き出す性格だった。
「ナタージャは相変わらずだね……ああ、いけない! 少年が出口に向かっている。僕達を探すことを諦めて帰ろうとしている!」
「それじゃあ、そろそろ私達の出番ね。アイン、あの子に麻痺凝視〈パラライズ〉を掛けて」
「任せて。いくよっ!」
アオオォォーン! と大きな鳴き声で、アインが雄叫びを上げる。その声量に驚いた少年が、ビクッと身体を強張らせて後ろを振り返る。
アインと少年の目が合うと、やがて身体を硬直させて止まってしまった。僅かに口がパクパクと動く。黒妖犬の凝視に見事掛かってしまったようだ。
「はい、成功したよ。少しやりすぎたかも。可哀想だったかな?」
「よくやったわアイン。これでいいわよ、後は私に任せてちょうだい」
手に持つスコップを地面とキスさせて、ズリズリと引き摺りながら、徐々に少年へと詰め寄る。
麻痺の解けない少年は声を上げることすら出来なかった。月まで届けと言わんばかりに、ナタージャはスコップを頭上に高く掲げる。
「あ、う。あぁ……」
少年は小さな呻き声を出すのが精一杯だった。瞳に大粒の涙を浮かべるが、今の彼には泣く権利すらアインに奪われている。
ブォン! ザクッ! ナタージャの振り下ろしたスコップは少年の僅か数センチ左に逸れて、その先端は深く地面に突き刺さった。
「……危ないでしょ? 足下、よく見て。後少し私が助けるの遅ければ、君は命を落としていたわよ」
落下したランタンが周囲を仄かに照らすと、地面に刺さったスコップによって毒蠍の胴体が真っ二つになっていた。
ピク、ピク、と数回ほど痙攣をした後に毒蠍は絶命する。ナタージャは少年を助けたのだった。
「う、えぁ、ああ……あ、と」
「アイン。もう解いていいわよ」
「あっごめん。凝視したままだった」
妖しく光るアインの目がスッと元に戻った。麻痺凝視を止めると、少年の身体の束縛が解けた。ドサと力なく地面に突っ伏す。
「はぁ、はぁっ、はぁっ……」
「ようこそ君。墓守りのナタージャの住処へ」
「それで、こんな夜更けに、どうしてここまで来たの?」
緊張で震える少年を連れて、昔は地下収容所として利用されていた寝室へと戻った。そこがナタージャとアインの暮らす終の住処だった。
寝室と言っても、赤褐色に酸化したボロボロの鉄檻の中、寝藁が敷いてあるだけの極めて質素な空間だ。劣悪な環境の方が、却って生活拠点として好みらしい。
ナタージャは少年を目の前に座らせて、彼女自身も向き合うようにして膝を抱えて座り込んだ。大きな彼女の目玉がギョロギョロと、カメレオンのように回る。
「え、と……」
「どうしたの?」
「あの、ちょっと……近いですけど……」
二人の距離は僅か数センチほどだった。少し身動ぎすれば膝と膝がぶつかるだろう。ナタージャは理解していないのか、ぽわんとした表情で少年を見つめている。
「ごめんね少年。ナタージャは暗がりにいると視力が著しく低下するんだ」
アインが補足した。最初は戸惑っていたが、説明を受けて、やがて落ち着きを取り戻した少年は口を開いた。
「貴女が……ナタージャさんですよね?」
「そうよ。私はナタージャ。そして、あっちの黒い犬が相棒のアイン。よろしくね」
「ナタージャ、さん……ああ、お父さんの言っていたことは本当だったんだ」
「それで、こんな夜更けに、どうしてここまで来たの?」
一言一句同じ言葉をナタージャは繰り返した。身振り手振りを交えて、少年はようやく話の本題に触れる。
「僕はセロと言います。今夜はお願いがあってここまで来ました。悪霊に取り憑かれたお姉ちゃんを、どうか助けて下さい!」
「あくりょう……?」
ナタージャは天井を見て考え込んでいるようだった。その間に、アインがセロに対して幾つか質問を投げ掛ける。
「何故、セロのお姉さんは悪霊に取り憑かれたと思ったんだい?」
「ある夜、隣で眠るお姉ちゃんがうなされていて僕は目が覚めたんです。そしたら、お姉ちゃんの頭上で魚のような煙がグルグルと回っているのを見ました」
「魚のような煙ね……その煙に、色は付いていた?」
「ええと、うっすらと青い煙だった気がします。魚型の煙はお姉ちゃんの口の中に入って消えました。その翌日の朝から、明らかに様子がおかしくなって……」
ナタージャとアインは顔を見合わせた。そして、彼女がコクンと一度頷く。
「正体は墓荒らしね」
「えっ、墓荒らし……?」
「そう。セロのお姉さんは、墓荒らしと呼ばれる悪霊みたいなものに取り憑かれている。厳密に言うと悪霊ではないのだけど、今はその説明を省くわ」
「やっぱり、お姉ちゃんは……ううっ」
少年はがっくりと肩を落とした。ナタージャは覚醒したように、白濁する眼を零れ落ちそうなほど見開いて、淡々とした口調で話を続ける。
「アインが煙の色を聞いたのは、その色が遺恨の強さを表しているの。私達はそれを色級〈ファーブル〉と呼んでいる。まあ、青色なら低級墓荒らしね。特に問題ないっか」
「それじゃあ! お姉ちゃんを!」
「いいえ。待って――」
身を乗り出して詰め寄るセロをナタージャが制止する。彼女は吊り目になり、口角を上げて、妖艶に笑う。
「私達の噂を聞いたのは、大人達からでしょう? だったら『あれ』はきちんと持ってきたかしら?」
「あれって、供物〈ギフト〉のことですか? 勿論あります! 正真正銘、僕のものです。これをどうぞ」
セロは薄汚れたズボンのポケットから、布に包まれた何かを取り出した。丁寧に紐解いて開帳すると、そこには血がべったり付着した生爪が二切れ入っていた。
「へえ、剥いだ生爪を持ってくるなんて。珍しいね」
アインが感嘆した声を上げた。何故なら、依頼者の大半が供物として持ってくるものは、自身の毛髪や身体の垢など、比較的簡単に手に入るものばかりだからだ。
セロの左手を見ると、包帯でぐるぐる巻きにされており、うっすらと赤く滲んでいた。まだ爪を剥いでから然程経っていないのだろう。
「充分よ――これは、私の興味本位の質問なんだけれど、どうして供物に生爪を選んだの?」
「それは、僕は自分の髪の毛をどうしても切りたくなかったからです」
「どうして? 私に墓荒らし退治を依頼する者の殆どは毛髪を切って持ってくるわ。それが最も簡単だから」
「僕のこの髪の毛は、お姉ちゃんがいつも手入れしてくれて……セロの髪は女の私でも嫉妬するわって、必ず褒めてくれたから」
「ふうん。そうなんだ、優しいお姉さんだね」
ナタージャは遠い目をして素直な感想を述べた。何か自分にも類似した過去があった気になっていたが、欠けた脳では記憶がぼやけて、それも思い出せない。
「ナタージャ。ねえ、ナタージャ!」
アインの声でナタージャは我に返った。考えごとをすると、完全に静止してしまうのも彼女の特性であった。
「ええと、ごめんなさい。もしかして、また私って止まっていた?」
「そうだね、一分経たないくらいだけど。最近は停止する頻度が増えたように思うよ」
やや呆れた口調でアインはぼやいた。ごめんなさいとナタージャは謝って、土埃を手で払ってスクと立ち上がる。
「セロ。君の墓荒らし退治の依頼、確かに引き受けたわ」
「やれやれ。後は僕とナタージャに任せておいて。セロは家族のところに戻って、安心しておやすみなさい」
「ありがとうございます! あの、でも場所とか日時とか――」
ナタージャはクスと笑った。その表情から、心配は杞憂だとセロは悟った。安堵の表情が浮かぶ。
「では、後は全てお願いします」
セロは深々と頭を下げて部屋を後にした。少年が立ち去り、暫く経ってから、ナタージャはゆったりした動作で準備に取り掛かった。
「魚型の墓荒らしか。どんな『願い』を食べて産まれたのだろうね」
「アイン、見えない相手の想像を膨らませることは危険を孕むわ。私達が相手をするのはこの世にあってはならない存在。たとえ低級墓荒らしでも、足を掬われるわよ」
「分かっているよナタージャ。君と契りを交わして、もう何年になると思っているんだい。君の思考は僕の中で常に滞留している。だからこそ、相棒でいられるんだ」
「うーんと、四十年? 私は忘れっぽくて、貴方はそそっかしいところがあるからね。フフッ」
「正解は二百十八年。まあ、そこを含めて最高のチームワークってことで。今回の墓荒らしは何の武器を使うか決めたの?」
「じゃあ、武器を決める前に、まずは供物をいただかないとね」
セロが持ってきた包みを広げると、ナタージャは中に納まった生爪を掴み、ポイと口内へと放り投げた。もぐもぐと小さな口を忙しなく動かして咀嚼する。
ゆっくりと時間を掛けて味わい、ごくんと飲み込んで供物が喉元を通り過ぎると、ナタージャの細胞が淡く輝いた。
彼女は供物を食すことで、墓荒らしについての情報〈データー〉をある程度知ることが出来る。屍人でも極めて異例な能力だ。
それはまるで神聖な儀式であり、確実に退治するための必要な行為であった。彼女の目はチカチカと点灯する。情報を読み終えたようだ。
「どう? 今回の墓荒らしについて」
「そうね……今まで通りの甘ちゃんかしら。でも油断は禁物。武器ならいつものコレでいいわ」
ナタージャは床に転がっていたスコップを拾い上げる。野球のバットのようにスイングすると、ブン、ブンと風を切り裂いて豪快な音が響く。
「……相変わらずナタージャは馬鹿力だね。でも、どうしてただの鉄製のスコップなんだい? 以前から愛用していることは知っているけど」
アインは何気なく思っていた疑問をぶつけた。長い期間を共に過ごしても、お互いにまだ知らないことは山程あるようだ。
「あら? もしかしてスコップを舐めてる? とても便利よ。打撃よし、斬撃よし、防御よしで新しい死体が出来れば、その場で穴を掘って埋めることも出来るわ」
「成程……って妙に納得しちゃったけど、要はナタージャが凄いってことに尽きると思う」
「あはは、ありがと。人間だった頃は非力で病弱な女の子だったのにね。屍人となって今を生かされている私は、本当に私自身と言えるのかしらね?」
「どうだろうね……その答えもきっと、全ての墓荒らしを消滅させれば見えてくる気がするよ。都合良過ぎるかな?」
「私も同意見。だからこうして退治を続けている。何世代に渡って村中から忌み嫌われている私達でも、いつか赦される日がくるかもしれないから」
「いつか来ると思うよ。墓荒らしの情報はさっきの生爪から採取してバッチリなんだろう? 何日後に退治へと向かおうか」
「今から」
「いっ、今から?! セロと別れて一時間も経っていないよね? そんなに急がなくても――」
「いいえ、その逆。今すぐ向かわないと、セロのお姉さんの命がとても危ない」
ナタージャが供物として食した生爪には、毛髪や垢より何倍もの情報が蓄積されていた。それは体の痛みに比例して情報の量も莫大に膨れ上がる仕組みだ。
「はぁ、だったら仕方ないなぁ。つまり、僕の能力が早速必要ってことだろう」
「アインの物分りの良さは随一ね。お願いするわ」
ナタージャはアインに跨ると、そのまま四つん這いの姿勢になって両手で首元を抑えた。背中にはロープで縛ったスコップが添えられている。これで準備万端のようだ。
「振り落とされないように、しっかり捕まっていてね。方角と距離はどの辺?」
「墓場の出口から西北西に二千二百ヤード、三軒並んだ家の最奥二階。そこにお姉さんが寝ているはず。魚型の墓荒らしも憑いたままだわ」
「わあ、今回の情報はかなり細かいね。今度から供物は全て生爪以上のものを要求しようか? 退治も捗ると思うよ」
「そんなギャング紛いのことしたら私達は廃業よ。アイン、急いで!」
「はいはい。それじゃあ、行くよっ!」
一回遠吠えをすると、猛スピードでアインは駆け出した。黒妖犬の脚は地上のどの生物よりも速く、人ひとりを乗せたところで減速することもない。
それに引き換え、屍人となったナタージャは欠点だらけでもあった。怪力ではあるが、動きは鈍足で、前述した通り視力も悪く記憶力に乏しい。
ナタージャとアインは互いを補い合うことで、幾つもの困難を乗り切ってきた。そこで徐々に強い絆が結ばれていった。
僅か数分で村の入り口へと辿り着いた。もしかするとセロより早く到着した可能性もあったが、アインがにおいを辿ると、どうやら無事先に帰宅していた。
「まだセロのにおいが新しい。恐らく、僕らが到着する十五分前には村に戻ったみたいだね」
「タイミング良かったわ。この先を進むとセロの家が見えてくる。朝になって人目が増える前に片付けましょう」
ひっそりと静まった通りを歩き出したところで、突然背後から声を掛けられた。長槍を持ち武装した男が身構えている。
「誰だっ! ひいっ、屍体?!」
「アイン、催眠凝視〈ヒプノーシス〉を!」
アオオォォーン! アインが鳴き声を上げて武装した男を見つめると、数秒後に男はふらつくようにして倒れ込んだ。グゥグゥと大いびきをかいて熟睡している。
アインは三つの凝視能力が使えた。身体の自由を奪う麻痺凝視、一瞬で眠らせる催眠凝視、幻覚を見せる魅了凝視〈メズムライズ〉を扱うことが出来る。
直接対象に攻撃を与える能力ではないので、主にナタージャの支援役として立ち回ることが多かった。
「見張り役がいるなんて、迂闊だったね。どうやら村の様子がおかしいよ」
「ええ、私も思った。見張りは墓荒らしの対策かと思ったけど、実態のない相手に対してこんな武装をして待ち構えるはずがないから」
「お姉さんだけでなく、セロにも身の危険が及ぶかもしれない。急ごうナタージャ」
「ちょっと待って。この見張りの男……よく調べてちょうだい」
「調べてって……あっ! この男、願いを既に食べられているよ!」
ナタージャは男の額に手を当てて『記憶の箱』を呼び起こし、その具現化した箱の中身をアインが覗き込んで叫んだ。
「記憶の箱の中身は空っぽだったってこと?」
「うん、何も残っていないよ。つまり、魚型の墓荒らしとやらは、複数の願いを食らって著しく成長をしている」
願いを食べられた人間は、心を操作して墓荒らしが意のままに操ることが出来る。
男が武装して見張っていたのは、墓荒らしがナタージャとアインの行動を察知してのことだったと推測する。相手は想像よりも狡猾だった。
「やっぱり。これは低級墓荒らしの仕業じゃないわね。間違いなく今の色級は黄以上だと思うわ」
「青色以外の色級の墓荒らしを退治するのも久し振りだね」
「五十年振り……いえ、六十年振りだものね」
「惜しい。正解は八十二年振りだよ」
「どうしてアインはそんなに記憶力が優れているの? 他の黒妖犬も同じように頭がいいのかしら」
「他の黒妖犬に会ったことがないから何とも。僕の頭がいいと言うより、ナタージャが忘れがちなだけだよ……」
ナタージャは駄々を捏ねる子供のように、不満を訴える。アインは宥めるようにして彼女を落ち着かせようと必死だ。
言い合いをしている内に、セロの家の前へと到着した。外からでも禍々しい負のオーラが敷地全体に充満していることが確認出来た。
「この家で間違いないね。ところで、色級のことはもしかしてセロが嘘を吐いていたのかな?」
「セロは嘘を吐いていなかったわ。あの子の目を見て、それは分かった。でも、この騒動に裏があることは間違いなさそうね」
「用心してねナタージャ。今回の墓荒らしは僕達の侵入にも気付いているのだから。罠を張っているかも」
「望むところよ。行きましょうアイン」
正面のドアノブをガチャリと回すと、スーッとすんなり扉は開いた。不用心に鍵は掛かっていなかった。
室内は真っ暗で、深い闇と負のオーラが招かれざる侵入者達を歓迎する。ザッザッと墓荒らしの領域に足を踏み入れた。
~後編~
※試読終了